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ATELIER

「 身体にとどめていてくれるもの 」

Jan 8, 2021

キーボードをタイプする指を見て不思議に思う。指が動くなんて。しかも何か書いている。不思議なのはそれだけじゃない。視線をデスク横のランプに向ければ、電球の橙がいつの時代かわからない深夜と繋がるようで、心底安心する。破けてシミのついた傘に見惚れる。

台所の方から、ヴィーーという音が聞こえてくる。静かに鳴っている冷蔵庫の中身たちは、いずれ私の身体になるためにそこにいる。

視線をマグカップにやると、眺めていたランプの残像が、瞬きの度に重なって、プリントされたムーミンが点滅している。つやりとしたカップを掴む、なんで掴めるのだろう。温かいルイボスティーを飲む。アニスとフェンネルの香りが鼻の奥へ抜けながら、のどに、こくり。お腹に、たぽんと落ちて、ゆっくりと染みわたる。
一瞬 一瞬に驚きと不思議が詰まっていて、全部なんて味わいきれない、それはたいへんに幸せな事であって、もう、充分すぎる。身体があるうちしか、こうやって、おいしいとかきれいとか、いい匂いとか、あったかいとか、今日は寒いねとか、言えないの、思えないのが、不思議でしょうがなくって、切なくて、ただただ、愛しい。

死はいつでもそこにいて、少しでもそちら側に傾けば一直線に死んでしまうだろう。そのくらいの近さを感じる。けれど、次から次へと目まぐるしくやって来る驚きの連続は、命を確実に身体にとどめてくれている。儚いいきものの中に、とても収まりきらない、ぴかぴかした、実はとんでもなくすごい日常が、入っては渦巻いて、満たして、回復したら、次のところへと出ていく、そんな流れをイメージしながら、眠ります。